佐沼屋

2026.5.14

着物を着てみたいな~、着物を着て食事に行ってみたいな~、親や親戚の着物を、着ないままたんすにしまいっぱなしではもったいないな~と、着付け教室へ通い始めるきっかけはさまざまです。もちろん着る都度、美容院や呉服屋さんでキレイに着せてもらうというのでも良いのですが、なんとなく「自分で」とか「一人で」というところに憧れを抱いたり、自由度の高さが心地よかったりするのではないでしょうか。


ところで、「滋味深い」という言葉があります。味が辛いとか、濃いとか薄いとかではなく、例えば素材本来の風味が際立っているとか、奥深いなどの意味があり、春ならば山菜のえぐみや苦さも、冬の間に必要な苦みと思えば滋味深いものとなります。その季節になると食べたくなる食物には、きっと理由があるのでしょう。まさに季節を大切にする和食はそうした滋味深い味わいが魅力なのかもしれません。インスタント食品ではなかなか難しいこの世界観はときに、比喩として食べ物以外にも用いられることがあります。着物を着て暮らすということも、なんとなく滋味深い気がしてなりません。丁寧に出汁をとるとか、例えば蕗の皮を剥ぐとか、筍のアクを抜くために糠で長時間茹でるとか、魚の下処理などもとても面倒で手間のかかるものです。着物も半衿を縫い付けたり、ほころびを縫ったり、汚れを取ったりと、まぁ面倒なことばかり。これを着物のマイナス面と見るきらいもあります。しかし、滋味深いと考えると、丁寧に準備をしてコーディネートに意味や物語を求めて味わいながら着用するとその喜びや楽しみはひとしおのものになります。


着付け教室では、指一本とか、中心とか、幅を決めるとか、裾線を決めるなど、一つひとつの動作に目安となるものやちょっとしたコツを教えてくれますからとても短期間に上手に着ることができるようになります。同じ形の衣類を、年齢や体形に関係なく美しく着用することのできる着物というのは誠に良く出来たものです。


さて、そこで「完成像」ですが、どんな着姿を瞼の裏に描いていますか?着付講師の先生の着姿が理想でありお手本ですが、本誌をはじめ、着物雑誌のモデルさん、映画やドラマの女優さんと、きっと憧れの着姿があることでしょう。ただ、そうしたものの多くは、プロの着付師が「撮影用」として着付けますから画一的で間違いなく美しい。しかし、昔の日本映画に出てくる女優さんたちの着姿となりますとこれが、誠に伸びやかで自由にまちまちで不ぞろい。まさに今の時代の多様性を思わせます。小津安二郎監督作品、市川崑監督作品などに出てくる女優さんたちの美しさは、それぞれの役柄の個性と、女優さんの個性もあいまって「ああ、こんなふうに着たいなぁ~」と思わせてくれる魅力に満ちあふれています。


画一的な着姿や、着付け手順が分かってきたら、次は自分のイメージや体形に合った理想の着姿を探してみるのも、着物の楽しみが何倍にも膨らんで、四季折々の滋味深い着物ライフを楽しめるかもしれません。